多くの人々が記憶している「アイーン」の完成形は、下顎を前に突き出しながら右手を胸の高さで水平に構え、甲を上にして顎の下へと滑り込ませる一連の動作です。ところが、志村けん アイーン 誕生秘話の記録を紐解くと、初期の段階では手の動きが存在していませんでした。
原型が生まれたのは、1970年代後半から1980年代前半にかけて放送されていた『8時だョ!全員集合』や、その後の『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』のコント中でした。舞台上で加藤茶さんから理不尽に怒鳴られたり、頭を叩かれたりした志村さんが、反抗の意思を示すために「あっち行け」とばかりに下顎を突き出し、不満げな表情で睨み返した威嚇の顔芸こそがすべての始まりでした。
当時の台本に「アイーン」というセリフは一行も書かれておらず、現場で突発的に発せられた唸り声のようなブレス音が原型でした。後年の自著や特番インタビューにおいて志村さん自身が「最初は言葉ですらなく、怒られたときに『なんだよコノヤロー』と唇を歪めたら、客席からドッと笑いが起きた」と回顧している通り、舞台と客席の相互作用から偶発的に削り出されたリアクションだったのです。
さらに興味深いのは、現在誰もが呼んでいるアイーン 正式名称 いつからという疑問に対する答えです。長年、志村さん自身はこの動作を特定のギャグ名で呼んでおらず、単なる「怒った顔」「威嚇のポーズ」と認識していました。これが劇的に変化したのが1990年代半ばです。当時深夜ラジオ『ナインティナインのオールナイトニッポン』内で、岡村隆史さんが志村さんの顔真似をしながら「アイ〜ン!」と強調して連呼したことで、リスナーや若者層の間で「あのポーズ=アイーン」という共通言語が一気に浸透しました。その熱狂を知った志村さんが、フジテレビ系のバラエティ番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』や特番内で自ら「アイーン」と明確に発声してポーズをとるようになり、逆輸入の形で国民的呼称として決定づけられたのです。