もし安重根以外の狙撃者が存在していたとすれば、一体誰が何の目的で引き金を引いたのか。ハルビン駅は当時、清国領でありながらロシアの管轄下にあり、複雑な国際政治の思惑が交錯する場であった。ロシア帝国の憲兵隊や、伊藤の東アジア外交路線に反発する過激派勢力、あるいは暗殺を機に日露関係の冷え込みを狙った第三国の諜報機関など、影の黒幕に関する仮説は絶えない。
特に注目すべきは、事件現場となったプラットフォームの二階バルコニーに、カメラマンや要人警護とは異なる不審な人物が配置されていたという目撃証言だ。安重根の銃撃は確かに現場を混乱させたが、その喧騒に乗じて密かに高所から精密狙撃を行ったプロの殺し屋が存在したという「複数犯論」は、単なる陰謀論として一蹴できないだけの弾道学的裏付けを持ち始めている。