「使い終わった後に洗うのを忘れ、数週間放置してカチカチに固まってしまった」というトラブルは、現場の指導者からも非常に多く報告されます。このような場合でも、力任せに削り落とそうとして刃物や金属ヘラを使ってはいけません。
固まった墨を安全に落とす第一歩は、「常温水による短時間の浸け置き」です。硯が浸かる程度の容器に常温の水(冷たすぎる場合は25℃前後の微ぬるま水)を張り、硯を15分から30分程度浸します。固形墨の主原料である膠が水分を吸って徐々にふやけてくるため、浮き上がった墨を木製のヘラや指の腹、柔らかい布で優しく押し出すように除去します。何日も水に浸けっぱなしにすると、石の内部組織が脆弱化したり膠の腐敗臭が沈着したりするため、浸け置きは最長でも1時間以内に留めるのが現場の鉄則です。
浸け置きでも落ちない長年の目詰まりや、長期間の使用で表面がツルツルになって墨がすれなくなった場合は、「泥砥石(どろといし)」を用いた鋒鋩の再生を実施します。硯の表面にたっぷりと水を注ぎ、泥砥石の平らな面を密着させて、力を入れずに円を描くように数十回軽く研ぎます。泥状の研磨液が出てきたら水で完全に洗い流すことで、目詰まりした古い膠や墨の粒子が取り除かれ、鋭い鋒鋩が新品同様に蘇ります。特に中国広東省産の端渓硯など緻密な名硯をお手入れする際は、粒度の極めて細かい硯専用砥石(8000番手相当以上)を用いることが推奨されます。