体温説が俗説であるならば、なぜ寿司業界はこれほど強固な男社会を築き上げてきたのでしょうか。その起源は、江戸時代後期の屋台文化と、明治から昭和にかけて確立された過酷な徒弟制度の歴史に根ざしています。
かつて江戸のファストフードとして誕生した握り寿司は、市場での力仕事や早朝の買い付け、重い荷車を引く体力勝負の労働でした。その後、店舗を構える高級料理へと昇華する過程で形成されたのが、「飯炊き3年、握り8年」と称される閉鎖的な修行環境です。若い弟子を住み込みで抱え、無給同然の丁稚奉公から10年以上の歳月をかけて技術を「見て盗ませる」システムは、事実上、家事や出産・育児といったライフステージの変化と両立することが極めて困難な構造を生み出しました。
さらに、かつての市場関係者や職人の間には、漁師文化と地続きの「女性を船や板場に乗せると縁起が悪い」という根強いタブー視(穢れ信仰)も残存していました。こうした労働環境の過酷さと前近代的な性別役割分担意識が複合的に重なり合い、結果として半世紀以上にわたって「男だけのサンクチュアリ」が強固に再生産され続けたのが実情です。