図形楽譜を前にした人々が抱く最大の疑問は、「具体的にどうやって音に変換するのか」という演奏方法のルールです。結論から言えば、図形楽譜の読み方は単一の規格が存在せず、大きく分けて「厳密な数学的規則が存在するタイプ」と「演奏者の感性と即興性に委ねるタイプ」の2つに大別されます。
多くの場合、楽譜の冒頭や別紙に作曲者自身による「凡例(演奏の手引き・レジェンド)」が添えられています。例えば、「横軸は経過時間(左から右へ1分間)」「縦軸は相対的な音の高さ(上が高音、下が低音)」「点の大きさは音量、線の太さは音色の密度」「色や形状の変化は奏法の切り替え」といった基本設計が示されます。
特にピアノという楽器は、平均律で調律された88鍵という強固なシステムを持っています。そのため、図形楽譜をピアノで演奏する際には、鍵盤をただ指で押す従来の弾き方から逸脱したアプローチが頻繁に用いられます。
実際のピアノ演奏現場では、以下のような奏法(特殊奏法・内部奏法)が図形と結びつけられます。
- トーン・クラスター(音塊):楽譜上に巨大な四角形や太い帯状の線が描かれている場合、手のひら、前腕全体、あるいは専用のフェルト付き木製バーを用いて、特定の音域の鍵盤を一気に押し込みます。
- 弦の直接奏法(内部奏法):ピアノの屋根を開け、張られた弦を指の腹でこすったり(グリッサンド)、爪で弾いたり(ピチカート)、マレット(打楽器のバチ)で叩いたりして、線や点の質感を音像化します。
- 鍵盤・フレームの打撃音:音高を持たない幾何学図形に対しては、ピアノの木製ボディや譜面台、鍵盤の蓋を指や拳でリズミカルにノックするノイズを割り当てます。
一方で、ジョン・ケージの『フォンタナ・ミックス』(1958年)のように、曲線が印刷された紙の上に、無数の点や方眼が印刷された透明シートをランダムに重ね合わせ、線と点が交差する座標を定規でミリ単位で計測し、周波数や音量を計算して演奏を組み立てる極めて厳密なスコアも存在します。図形楽譜とは、決して「適当に弾くための免罪符」ではなく、音響に対する新たな集中力を要求する装置なのです。