読者の多くが最も関心を寄せる「相手の中国人女性は一体誰だったのか」という点について、当時の取材記録や国会資料からその人物像が浮かび上がっています。
女性は、中国の対外交流組織である「北京市対外友好協会」に所属していた優秀な女性通訳でした。知的で洗練された物腰と流暢な日本語を操る才媛であり、日本からの要人受け入れや視察団のアテンドを数多く担当していた人物です。
二人の接点が生まれたのは、橋本氏が厚生大臣を務めていた1980年代後半の訪中時とされています。当時、日本の支援によって建設が進められていた「日中友好病院」のプロジェクトに関連して橋本氏が北京を訪れた際、彼女が専属通訳の一人として同行したことが出会いの契機となりました。
彼女は訪中団の案内役として橋本氏の信頼を急速に勝ち取り、その後、橋本氏が帰国してからも個人的な連絡を取り合う関係へと発展していきました。