当時、列島を揺るがしたキンプリ脱退理由の真相については、週刊誌の憶測記事やSNS上での陰謀論が飛び交いました。「メンバー間の不仲」「経営陣との対立」「海外進出をめぐる意見の衝突」など様々な言説が消費されましたが、当事者たちの発言やその後の客観的展開を突き合わせると、根本的な要因は極めて論理的かつ構造的な問題であったことが浮かび上がってきます。
公式発表においてメンバーが語ったのは、「海外で活動できるグループを目指していたが、活動方針や個人の目標に差異が生じ、グループとしての進路を共有できなくなった」という主旨でした。当時の特番インタビューやファンクラブ限定動画で平野が見せた表情の翳り、そして「もう遅いと悔やんだ」というニュアンスの発言は、彼らが直面していた切実なタイムリミット感を物語っています。
20代後半を迎えるにあたり、世界のポップミュージック市場で勝負を仕掛けるには、語学の習得、現地プロデューサーとのコネクション、そして何よりも迅速な意思決定スピードが不可欠です。しかし、旧ジャニーズ事務所という巨大組織は、国内の地上波テレビ番組、映画、ドーム規模のコンサートツアー、冠レギュラー番組といった「国内最適化されたルーティン」を無数に抱えていました。国内市場で圧倒的な利益を生み出し続けるグループであるからこそ、長期間にわたり海外へ拠点を移すような大胆な投資や活動制限の決断を、組織の都合として下すことが構造的に不可能だったのです。
一部で囁かれた「ジュリー前社長との確執」や「メンバー間不仲説」は、取材現場の実態とは大きく乖離しています。当時の密着取材を経験した舞台関係者はこう証言します。「平野くんや岸くんが求めたのは、単に『事務所に逆らうこと』ではなく、『世界水準のクリエイティブに全精力を注ぎ込める制作環境』そのものでした。永瀬くんや髙橋くんは、これまで支えてくれた日本の幅広い世代のファンと、グループの看板を守る責任を最優先に考えた。誰も悪くない、ただ表現者としての『生き方のプライオリティ』が分かれただけです」。
こうした状況下で必然となったのが、事務所退所理由の先にある新天地の選定でした。2023年に設立された「TOBE」は、旧事務所のカルチャーを熟知しながらも、デジタル配信の全世界展開や海外フェスへのダイレクトなアプローチを最優先事項に掲げる機動的な組織でした。平野と神宮寺が2023年7月に合流し、契約満了を迎えた岸が同年10月に加わってNumber_i結成経緯へと至ったのは、最初から密約があったわけではなく、自分たちが渇望していた「表現の自由度とグローバル基準のスピード感」を追求した結果としての合流だったと言えます。