ギズモの起源を辿ると、一人の海洋通信士であり代替科学研究者であったトレヴァー・ジェームズ・コンスタブル(Trevor James Constable, 1925–2016)の活動に行き当たります。彼が1950年代後半から精力的に発表した言説こそが、すべての発端でした。
コンスタブル氏は、オーストリアの神秘思想家ルドルフ・シュタイナーの人智学や、精神分析家ヴィルヘルム・ライヒが提唱した謎の宇宙エネルギー「オルゴン」に傾倒していました。彼は「地球の大気圏には、オルゴンエネルギーを動力源として生きる不可視の原生動物が満ち溢れている」という突飛な着想を抱き、南カリフォルニアの砂漠地帯で独自の撮影実験を開始します。
彼が用いたのは、一般には流通していなかった高感度赤外線フィルムと、特定の波長のみを透過する特殊な赤色フィルターでした。1958年に発表した自著『They Live in the Sky(彼らは空に生きている)』において、コンスタブル氏は乾板に写った奇妙な円形や楕円形の発光体を公開し、これらを「大気圏生物 クリッター」(Critters)と命名します。この経緯をまとめた記録によると、彼は次のような独白を残しています。
「カメラのファインダー越しに肉眼で見つめても、そこには何一つ異常は存在しない。しかしシャッターを切り、暗室で薬品に浸したフィルムが黒く沈んだ瞬間、人間の網膜を嘲笑うかのように、巨大な生物の輪郭が浮かび上がってくるのだ」(コンスタブル氏の初期手記・報告書より要約)
この「赤外線写真で未確認生物を暴く」という画期的な手法は、世界中のUFOコミュニティに衝撃を与えました。そして海を渡った日本において、「クリッター」という直訳しにくい概念は、当時流行していた玩具や小型機械の俗称に由来する「ギズモ(Gizmo)」という言葉と結びつき、「ガス状生物ギズモ」という独自のローカライズを遂げて定着していくことになります。