宮崎駿の創作意欲を駆り立て、時に激しい感情を爆発させる最大の要因は、盟友であり最大のライバルであった故・高畑勲監督の存在だった。
若き日の東映動画時代からの絆でありながら、互いの作品に対しては一切の甘えを許さない。高畑作品の完成度に対する嫉妬と尊敬、そして自作へのプレッシャーが、宮崎監督の感情を極限まで高ぶらせた。高畑監督が世を去った際に見せた涙の裏には、己を最も高めてくれたライバルを失った深い喪失感があった。
この二人の天才の間をつなぎ続けたプロデューサー・鈴木敏夫は、宮崎監督の怒りを「作品を良くするための純粋なエナジー」と分析する。妥協を許さない姿勢、描けない自分への苛立ち、そして人間という存在への愛憎。鈴木敏夫の手腕によってその暴風のような感情が巧みにコントロールされ、世界中の観客を魅了する名作へと結実していったのである。