さつま汁とは、鶏肉と大根、人参、ごぼうなどの根菜類を油で炒め、出汁と味噌でじっくり煮込んだ鹿児島県全域に伝わる郷土料理です。農林水産省選定郷土料理のデータベースでも、伝承地域は鹿児島県全域、主な使用食材の筆頭には「鶏肉」が明記されています。
なぜ「さつまいもが入っている汁」というイメージが全国に定着したのでしょうか。その最大の理由は、鹿児島県が誇る大特産品である「サツマイモ(薩摩芋)」と名称が完全に重複している点にあります。しかし、郷土史料である『薩摩旧伝集』などの記録を辿ると、この料理の「さつま」は作物の芋ではなく、令制国名である「薩摩国(さつまのくに)」そのものを指していることが明白です。旧日本海軍の献立表においても、本料理は明確に「鹿児島汁」と記載されており、地域の名称を冠した肉入り味噌汁として全国に伝播していきました。
歴史をさらに遡ると、誕生の背景には薩摩藩士と闘鶏の経緯が深く関わっています。江戸時代の薩摩藩では、藩士の士気を鼓舞し武道精神を養う目的で「闘鶏(薩摩鶏による勝負)」が盛んに行われていました。勝負に敗れて命を落とした軍鶏(しゃも)を無駄にせず、その場で骨ごとぶつ切りにし、手近な野菜とともに大釜で煮込んで味噌を溶き、武士たちが野外で豪快に食したのがさつま汁の原型です。肉食が公に禁忌とされていた江戸期の日本において、薩摩藩が強靭な軍事力を維持できた背景には、闘鶏を通じて日常的に貴重な動物性タンパク質を摂取していた食の軍事機密があったとされています。