貴乃花(本名・花田光司)は1972年8月12日、大関・貴ノ花利彰(初代貴ノ花)と元女優の藤田紀子(旧芸名・藤田憲子)の次男として東京都杉並区に生まれました。伯父は「土俵の鬼」と恐れられた初代若乃花(第45代横綱)。まさに日本相撲界屈指のサラブレッドとして生を受けた瞬間から、彼には土俵へ上がる宿命が課せられていました。
貴乃花の幼少期を語るうえで外せないのが、兄・花田勝(後の横綱・若乃花)との関係です。年子(1歳4か月差)の兄弟は、幼い頃から常に比較されながら育ちました。兄の勝はお調子者で社交的、運動神経抜群の器用なタイプであったのに対し、弟の光司は物静かで頑固、一度決めたら梃子でも動かない職人気質の少年でした。
兄弟の相撲の才能が一躍全国に知れ渡ったのが、小学校時代の「ちびっこ相撲」のエピソードです。世田谷区の相撲教室に通い始めた光司は、たちまち同世代を圧倒。わんぱく相撲などの大会では、兄・勝とともに常に優勝争いの常連となりました。テレビ番組の企画で行われたちびっこ相撲大会でも、巨漢の少年たちを豪快な上手投げで土俵外へ転がす光司の姿が放映され、「角界のプリンスの息子たち」としてお茶の間の注目の的となったのです。
しかし、家庭内での指導は児童の習い事の域を遥かに超えていました。父・初代貴ノ花は、自宅の庭に土俵を設え、幼い兄弟に対して徹底したすり足や四股を叩き込みました。当時の手記によると、まだランドセルを背負っていた光司少年は、厳しい稽古で泣き叫びながらも決して「やめたい」とは口にしなかったといいます。この頃すでに、後の大横綱の核となる不屈の闘志が芽生えていました。