それでは、なぜ築地の一角から始まった寿司チェーンの経営トップが、外務省の渡航中止勧告(退避勧告)が出ているような危険地域へ自ら足を運んだのでしょうか。その発端は、純粋な「キハダマグロ・メバチマグロの新たな漁場開拓」というビジネス上の要請でした。
2000年代後半から2010年代初頭にかけて、世界のマグロ需要の高まりや漁獲規制の強化により、良質な赤身マグロを安定的に確保することは喜代村にとって死活問題となっていました。インド洋、特にソマリア沖は世界有数のマグロ回遊水域であり、豊かな水産資源が眠っていることは水産業界では周知の事実でした。しかし、相次ぐ海賊事件により、各国の遠洋漁船は同海域から一斉に撤退を余儀なくされていたのです。
「誰も行かないなら、自分が行って直接確かめるしかない」――元航空自衛隊員という特異な経歴を持つ木村社長は、周囲の猛反対を押し切って隣国のジブチ共和国を拠点に選定しました。ジブチには海上自衛隊の活動拠点も置かれており、地政学的な足場が存在していたことも後押しとなりました。
木村社長が現地で目の当たりにしたのは、単なる凶悪犯の姿ではなく、内戦で国家機能が崩壊し、外国船による乱獲(IUU漁業)によって生活の糧を奪われた末に銃を取った元漁民たちの困窮でした。「海賊といったって元は人間。生活のために命を懸けているなら、魚を獲って真っ当に金を稼げる仕組みを作ればいい」という木村社長の直観が、前代未聞の支援プロジェクトを始動させることになります。
喜代村が現地で講じた具体的施策は以下の通り、極めて実践的なものでした。
- 小型漁船の供与:沿岸漁業に適した小型ボート数十隻を無償あるいは低利で提供。
- 漁業技術と延縄(はえなわ)漁の指導:マグロを傷つけずに釣り上げ、高値で取引するための船上処理技術を日本のベテラン技術者が伝授。
- 冷凍倉庫・コールドチェーンの構築:炎天下のアフリカ沿岸で鮮度を維持するための保冷設備を整備。
- 水揚げされたマグロの全量買い取り:漁民が獲った魚を喜代村が適正価格で買い取る市場パイプラインを確立。
危険な武装集団の幹部や地域有力者と直接対峙し、言葉と食事を交わしながら「魚を獲って生きる道」を説いた木村社長の胆力は、外交官や国際機関の職員ですら驚嘆させる行動力であったことは間違いありません。