昆虫図鑑を開くと、キリギリスもバッタも同じ「バッタ目(直翅目)」に属しています。しかし、その内部ではキリギリス亜目(剣吻亜目)とバッタ亜目(錐吻亜目)という、進化の初期段階で分岐した全く別のグループに分かれています。この分類上の違いが、驚くべき身体構造や習性の差となって現れています。
一般に最も知られているのは触角の長さの違いです。バッタの触角は太く短く、自分の頭部から胸部の長さを少し超える程度にとどまります。一方、キリギリスの触角は非常に細い糸状で、自分の体長よりも長く、後ろに反らすと尾端をゆうに超えます。浜松科学館などの展示解説でも強調されるように、バッタが昼行性で視覚に頼って移動するのに対し、キリギリスの多くが薄暗い草むらや夜間に活動するため、触覚を通じて周囲の空間や獲物の気配を察知する必要があった進化の産物です。
しかし、触角以上に驚くべきは耳のある場所と聴覚器官の構造です。人間のように頭部に耳があるわけではありません。バッタの場合、聴覚器官(鼓膜器)は「胸部と腹部の境目(第1腹節の側面)」に位置しています。これに対し、キリギリスの耳はなんと「前脚の脛(すね)」に左右一対の楕円形の膜として備わっています。前脚をアンテナのように動かすことで、同種の鳴き声の方向や天敵の接近を高精度に探知しているのです。
そして見逃せないのがキリギリスの食性と肉食性です。バッタの多くがススキやエノコログサなどイネ科の植物を主食とするおとなしい草食性であるのに対し、キリギリスは極めて獰猛な雑食性、とりわけ強い肉食傾向を示します。植物の花粉や新芽も口にしますが、好物は生きた小昆虫。弱ったセミや他のバッタ、アオムシなどに飛びかかり、鋭利な顎で生きたまま解体して平らげます。草むらの穏やかな住人というイメージは、人間側が勝手に抱いた幻想にすぎません。