松下賢次氏のキャリアを語る上で絶対に外せないのが、TBSが誇る看板コンテンツ「マスターズ・トーナメント」の実況です。1975年にTBSへ入社して以来、プロ野球中継『エキサイトナイター』や世界陸上、オリンピック中継など数々のビッグイベントを担当しましたが、とりわけオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブの緑の芝の上で繰り広げられた実況は「伝説」と称されています。
松下氏の実況スタイル最大の特徴は、「言葉を詰め込みすぎず、現場の空気感を際立たせる圧倒的な間(ま)」にありました。タイガー・ウッズが劇的なチップインを決めた瞬間や、日本人選手が優勝争いに絡む極限の場面において、絶叫するのではなく、あえて静寂の時間を取った上で、芯の通った一言を放つスタイルは視聴者に強烈な没入感を与えました。
当時のインタビューや関係者の手記によれば、松下氏は中継前に膨大な手書き資料を作成し、各選手の生い立ちからコースの芝目、キャディの癖に至るまで徹底的に叩き込んで本番に臨んでいたといいます。その徹底した準備があったからこそ、予期せぬドラマが起きた瞬間にも、的確かつ叙情的な「名言」を紡ぎ出すことができたのです。