食中毒の現場を取材すると、患者の心理的盲点と医療現場の認識の間にある巨大な溝が浮かび上がります。救急外来や消化器内科の医師らが口を揃えるのは、「患者の9割が直近の食事を犯人だと決めつけて来院する」という事実です。
SNSや相談窓口に寄せられる生の声には、典型的な誤認パターンが見て取れます。
「昼に食べた定食屋の刺身のせいで夕方に下痢をした。保健所に通報したい」(30代男性・会社員)
「昨夜家族で食べた焼肉が原因だと思っていたら、便から出たのは3日前の居酒屋で食べた鶏レバーのカンピロバクターだった」(40代女性・主婦)
人間には、身体の急変が起きた際、時間的に最も近い事象に因果関係を求める強い認知バイアスが存在します。しかし、潜伏期間が数時間で発症する病原体は黄色ブドウ球菌やセレウス菌など一部に限られます。血便や高熱が出るような重い症状の場合、原因は「一昨日」「3日前」「週末のバーベキュー」に潜んでいるのが実情です。初診時に「今日何を食べたか」しか伝えない患者に対し、医師が「3〜5日前の行動記録」を執拗に問いただすのは、まさにこのタイムラグを埋めるための不可欠な医療プロセスなのです。