メディアやネットコミュニティで長年熱心に議論されてきたのが、7代高砂親方(4代朝潮)と元横綱・朝青龍との関係です。モンゴル出身の類まれな才能を見出し、圧倒的なスピード出世で第68代横綱へと登りつめさせた功績の一方で、土俵外でのトラブルや度重なる騒動のたびに、師匠としての管理責任を問われる場面が続きました。
当時の一部週刊誌やネット報道では「師匠の統制が利いていない」「関係に亀裂が入っている」といった噂が飛び交いました。しかし、当時の部屋関係者の証言や引退後の両者の述懐を丹念に検証すると、実態は世間の短絡的な見立てとは大きく異なっていたことが分かります。
親方は朝青龍の並外れた気性の激しさを「力士としての闘争心の裏返し」として認め、頭ごなしに型へ押し込めるのではなく、異国の地で孤軍奮闘する弟子の最大の理解者であろうと努めていました。数々の騒動の際にも、親方は公の場頭を下げ続け、盾となって弟子を守り抜いたのです。朝青龍自身、現役引退後や親方の他界後に寄せたメッセージの中で「本当の父親のような存在だった」と涙ながらに語っており、二人の間には外野の批評を寄せ付けない深い魂の絆が存在していました。