グループの歴史において最もファンに大きな衝撃を与えたのが、人気と実力を二分していたセンター陣の離脱でした。
2011年秋に同時に発表された山下智久と錦戸亮の脱退は、グループの存続危機とまで報じられました。当時、錦戸亮は関ジャニ∞との前代未聞の「2グループ掛け持ち」を約8年間にわたり継続しており、過密日程による体力面・精神面の限界が深刻化していました。本人の手記や当時の会見資料によると、「どちらのグループにも100%の力を注ぎきれない中途半端さへの葛藤」が引き金となり、グループの将来を考慮した苦渋の決断だったことが明かされています。
一方のエース・山下智久は、2011年のソロアジアツアーを成功させたことで「1人の表現者として世界に打って出たい」というクリエイティブな欲求が決定的な動機となりました。後年のドキュメンタリー番組でも語られた通り、自身の知名度に甘んじることなく、自力で表現の幅を広げたいというプロ意識が脱退の根底にありました。
そして2020年6月、手越祐也の電撃的な専属契約解除と脱退は世間を大きく賑わせました。ステイホーム期間中の行動が問題視されたことが直接の契機と報じられましたが、手越本人の自著『AVALANCHE』では「以前から30代前半での独立を構想しており、スピード感を持って個人の夢を具現化したかった」と記されています。歌唱の柱としてグループを引っ張っていた手越の離脱は、残された小山慶一郎・加藤シゲアキ・増田貴久の3人に強固な結束をもたらす転換点ともなりました。