油屋の最上階で何不自由なく暮らしていた坊が、なぜあのような矮小なネズミに変えられてしまったのか。事件の引き金を引いたのは、湯婆婆の双子の姉である銭婆(ぜにーば)の襲来でした。
ハクが盗み出した魔女の契約印を取り戻すべく油屋へ現れた銭婆は、自分を邪魔しようとする坊に対し、呪文と共に魔法の光を放ちます。このとき銭婆が口にした「少し体を動かした方がいいよ」という言葉こそが、変身の動機を端的に物語っています。部屋から一歩も出ず、母親の歪んだ愛情によって肥大化した体を持て余していた坊に対し、銭婆は懲罰というよりも、一種の教育的ショック療法として「小さく無力なネズミ」の姿を与えたのです。
ここで多くの視聴者が抱く最大の疑問が、「なぜ途中で元の姿に戻らなかったのか」という点です。物語の後半、銭婆の暮らす「沼の底」の家に到着した際、銭婆は坊ネズミに対して極めて重要な事実を告げます。
「お前たち、魔法はとっくに解けているだろう。好きでその姿でいるんだね」
この発言が示す通り、銭婆の変身魔法はとっくの昔に効力を失っていました。それにもかかわらず、坊がネズミの姿のままであり続けた理由は、誰かの庇護を受ける巨大な赤ん坊としてではなく、自分の足で大地を歩き、千尋の役に立ちたいという自発的な意志に目覚めていたからにほかなりません。過保護な母親の管理下を離れ、外の世界を冒険する自由を味わった坊にとって、ネズミの体は自立へのパスポートだったのです。