SNSや知恵袋、カルチャー論壇で定期的に白熱するのが「正義の対義語は本当に悪なのか?」というテーマです。有名小説家やアニメのセリフとして拡散された「正義の反対は悪ではなく、また別の正義である」という言説は、現在では多くの人々に受け入れられる定説となりました。
この議論の真相を言語学的に整理すると、「正義」の本来の対義語は「不義(ふぎ)」あるいは「不正(ふせい)」です。「正しい筋道」を意味する「正義」の真裏にあるのは「筋道が通っていないこと(不義・不正)」であって、必ずしも「悪」そのものではありません。
それにもかかわらず、なぜ世間では「正義vs悪」の構図が絶対的なものとして定着しているのでしょうか。社会心理学の知見によれば、人間には集団間の対立において「内集団バイアス」と「外集団同質性バイアス」が強固に働く傾向があります。自分たちが属する集団の行動規範を「普遍的正義」と定義した瞬間、それに異を唱える相手側の主張や立場はすべて「悪」としてラベリングしなければ、自己の正当性を担保できなくなるためです。
大手ソーシャルメディアの言論動向を分析しても、政治的対立や社会運動の現場では、双方が「自らの正義」を信じ込み、対立相手を「社会を脅かす悪」と断定し合う泥沼の応酬が日常茶飯事となっています。客観的な論理で見れば「正義A vs 正義B」の衝突であっても、主観的な感情においては「正義 vs 悪」という二元論にすり替わってしまう構造的罠が存在します。