1990年12月31日、第41回NHK紅白歌合戦において長渕剛は初出場を果たしました。その舞台となったのは、NHKホールではなく、前年に歴史的な「壁の崩壊」を迎えたばかりのドイツ・ベルリンでした。氷点下の過酷な環境にあるブランデンブルク門近くの特設会場から衛星生中継を結ぶという、当時としては破格のスケールで企画された特別中継です。
中継がつながった瞬間、長渕剛の口から発せられたのは、一般的な祝祭ムードとは正反対の生々しい言葉でした。「現場は寒いです。騙されちゃいけない」「NHKのスタッフは現地のことを分かっていない」「向こう(日本)はタコばっかり」といった趣旨の痛烈な現場レポートを展開。予定調和を重んじる紅白の生放送において、スタッフや視聴者に激震が走りました。
さらに異例だったのは、その持ち時間と演奏曲数です。通常、紅白歌合戦の1アーティストあたりの持ち時間は3〜4分程度ですが、長渕剛は約17分間にわたって中継を独占。アコースティックギターをかき鳴らし、「親知らず」「いつかの少年」「乾杯」の3曲を魂を込めて歌い上げました。この型破りなステージは、後に語り継がれる「長渕剛 紅白事件」として日本中のお茶の間に衝撃を与えました。