入院中の生活は、華やかな芸能界とは真逆の「徹底的な隔離と無の世界」でした。医師の指示により携帯電話は即座に没収され、テレビや雑誌など外部の情報を遮断。初期の岡村は、自分が今どこにいるのかすら把握できず、ベッドの上で呆然と過ごす日々が続きました。
回復期に入ると、散歩や規則正しい食事、決まった時間に就寝・起床するという体内時計のリセット作業が課されました。当時の手記や証言によると、少しずつ気力を取り戻す中で、岡村を支えたのは「もう一度相方の隣に戻りたい」という静かな思いでした。病院の庭を歩き、土の匂いや風の冷たさを感じることで、長年麻痺していた五感が徐々に蘇っていったといいます。
一方、外の世界で孤軍奮闘していたのが相方の矢部浩之でした。ナインティナインの看板番組である『めちゃ×2イケてるッ!』『ぐるぐるナインティナイン』、そして深夜の生放送『オールナイトニッポン』を一人で背負い続けました。矢部は当時を振り返り、「岡村はもう戻ってこないかもしれない」「ナインティナインは終わるかもしれない」という最悪のシナリオを覚悟していたと吐露しています。
それでも矢部はスタッフやファンに対して弱音を一切吐かず、「相方の帰る場所を空けて待つ」という姿勢を貫き通しました。迎えた2010年11月27日、生放送を含む『めちゃイケ』の特番で岡村は電撃復帰。スタジオの扉が開き、痩せながらも目に光を取り戻した岡村が姿を現した瞬間、矢部が見せた安堵の笑顔と涙は、バラエティ史に残る屈指のハイライトとして語り継がれています。