この楽曲を語る上で欠かせないのが、新垣結衣による2008年のカヴァーだ。コブクロのオリジナルが持つ「未練と葛藤の熱量」に対し、彼女の透明感あふれるウィスパーボイスは、物語にまったく別の視座をもたらした。まるで日記帳にそっと書き留められた独白のように、静かで、どこか諦念を含んだ祈りとしての響きを獲得したのである。
同じ言葉でありながら、歌い手が変わることで浮き彫りになる多面性。新垣の歌唱によって、曲中の「待たせていた側」の痛切な孤独が浮き彫りになり、対話としての立体感が完成した。ひとつの名曲が異なるアーティストの手によって耕され、J-POPの財産として豊かに成熟していく見事な実例となった。