西行「願わくは花の下にて」の真相|桜と如月の望月に秘めた死生観

西行「願わくは花の下にて」の真相|桜と如月の望月に秘めた死生観

西行「願わくは花の下にて」の真相|桜と如月の望月に秘めた死生観に関する深掘り記事を分かりやすく解説します。関心のある方は必見です。

Q1:「花の下」の正しい読み方は「はなのした」ですか?「はなのもと」ですか?
A1:学校の授業や一般的な会話では「はなのした」と読まれることも多いですが、和歌の定型である五七五七七のリズムや古典の用法に忠実な読み方は「はなのもと」です。どちらで読んでも意味は通じますが、古来の格調を重んじる場では「はなのもと」が採用されます。

Q2:この歌は西行法師が亡くなる直前に詠んだ「辞世の句」なのですか?
A2:厳密には臨終の床で詠まれた辞世の句ではなく、西行が壮年期(40代〜50代頃)にあらかじめ自身の理想の死を想い描いて詠んだ歌とされています。生前に詠んだ願い通りのタイミングで実際に亡くなったことから、後世において事実上の辞世の句・予言歌として扱われるようになりました。

Q3:西行法師が終焉を迎えた「弘川寺」は現在でも見学できますか?
A3:見学可能です。大阪府南河内郡河南町にある弘川寺には、西行の墓(西行墳)や西行記念館が整備されています。現在も桜の名所として親しまれており、春になると西行を偲んで多くの参拝客や歴史ファンが訪れます。

中川 明日香
著者

中川 明日香

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。