Yahoo!ニュースのコメント欄には、新事実が公判で報じられるたびに数万件規模の意見が殺到した。SNS上では家族関係への過激な考察や被害者への冷淡な言説、さらにはオカルトめいた憶測が飛び交い、情報空間は一種の熱狂に包まれた。だが、そうした狂騒の渦中にあってこそ、報道ジャーナリズムは自らの足場を厳格に見つめ直さなければならない。
どこまでが公共の利害に関わる事実であり、どこからがいたずらに個人の尊厳を傷つける消費財なのか。家族のプライベートな記録やメッセージ履歴の暴露は、事件の背景解明という大義名分のもとで免罪されるのか。メディア自身がセンセーショナルな見出しで耳目を集める誘惑に抗い、事件の本質的な病理を冷静に記録・検証する姿勢が試されている。