正岡子規は野球の名付け親ではない?殿堂入りの真相と訳語の歴史

正岡子規は野球の名付け親ではない?殿堂入りの真相と訳語の歴史

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Q1:正岡子規が「野球」の名付け親ではないというのは本当ですか?
A1:事実です。「野球(やきゅう)」という競技名を考案したのは第一高等中学校の選手だった中馬庚(1894年考案)です。子規はそれより前の1890年に、自身の幼名「升(のぼる)」にちなんで雅号(ペンネーム)として「野球(の・ぼーる)」を使用していました。

Q2:子規が作ったとされる代表的な野球用語にはどんなものがありますか?
A2:現在も公式記録や実況で使われている「打者」「走者」「四球」「死球」「直球」「飛球」「短打」などが子規の発案・定着させた訳語です。英語の概念を極めて自然な漢字2文字へ置き換えた点が画期的でした。

Q3:子規が実際にプレーしていた当時のポジションとプレースタイルは?
A3:主に捕手(キャッチャー)を務めていました。当時はプロテクターやミットが未発達な時代でしたが、指を負傷してもマスク越しに投球を捕り続ける闘志あふれる選手でした。同級生の夏目漱石らにも野球のルールを教えて共にプレーしていました。

伊藤 翔太
著者

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。