モネの生涯において、ミューズとして最も重要な役割を果たしたのが、最初の妻カミーユ・ドンシューと、後に再婚相手となるアリス・オシュデの三女シュザンヌ・オシュデです。
カミーユは、モネが画家としてまったく芽が出ず貧窮を極めていた1860年代半ばに出会いました。モネの家族からの激しい反対を押し切って結ばれ、彼女はモネの初期から中期にかけての膨大な作品でモデルを務めました。『緑のドレスの女性』『庭の女たち』など、モネの出世作のほとんどにカミーユの姿があります。しかし、過酷な生活環境と結核などの病により、1879年にわずか32歳でこの世を去りました。
妻の死後、モネを精神的・生活面で支えたのがパトロンの妻であったアリス・オシュデとその子どもたちでした。ジヴェルニーへ移住したモネは、カミーユの面影を強く宿していたアリスの娘・シュザンヌをモデルに抜擢します。当時18歳前後だったシュザンヌはモネのお気に入りのモデルであり、家族のなかでも特に芸術的感性に富んだ少女でした。
しかし、シュザンヌをモデルにして戸外でイーゼルを立てたモネの胸中には、かつてアルジャントゥイユの丘で微笑んでいたカミーユの幻影が重なっていたと言われています。モデルの個性を消し去り、自然の抽象的なシンボルへと昇華させた筆遣いには、失われた過去への哀愁が静かに宿っています。