清水建設創業者の正体とは?越中大工から巨頭へ導いた血統と歴史の真相

清水建設創業者の正体とは?越中大工から巨頭へ導いた血統と歴史の真相

清水建設創業者の正体とは?越中大工から巨頭へ導いた血統と歴史の真相についての疑問解決ガイドをお届けします。

日本近代資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一と清水建設の間には、一企業の枠を超えた極めて深い絆が存在します。両者の接点となったのが、まさに前述の第一国立銀行でした。同行の頭取に就任した渋沢は、二代喜助が心血を注いだ建物の壮麗さと、工事における真摯な仕事ぶりに感銘を受け、絶大な信頼を寄せるようになります。

しかし、明治20年代に入ると清水組は大きな試練に見舞われます。二代喜助の急逝や、公共事業の入札競争激化、さらには不慣れな大型プロジェクトによる巨額の焦げ付きが重なり、名門・清水組は倒産の危機に瀕したのです。

この存亡の秋に救いの手を差し伸べたのが渋沢栄一でした。明治24年(1891年)、渋沢は清水組の経営危機を座視できず、自ら「相談役」に就任。放漫化していた財務体制を抜本的に改革し、官公庁頼みの体質から民間優良企業を対象とする民間建築への転換を断行しました。当時の特番インタビューや社史編纂資料でも語られている通り、渋沢が主導した「合資会社清水組」への改組によって、外部の近代的な経営手法と初代以来の職人倫理が見事に融合。清水建設は近代的な企業統治を獲得し、破滅の淵から劇的な復活を遂げました。

加藤 愛美
著者

加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。