Q1:ボストン茶会事件で、投棄された船や乗組員に被害は出なかったのですか?
A1:人的被害は一切出ませんでした。参加した「自由の息子達」は事前に厳格な規律を敷いており、乗組員を拘束したものの暴力は振るわず、茶箱以外の船体や個人財産への略奪を厳しく禁じていました。破壊されたのは東インド会社の紅茶の木箱342箱のみで、南京錠が壊された際には翌日弁済された記録が残るほど、政治的メッセージに特化した規律ある破壊活動でした。
Q2:なぜイギリス本国はそこまでして「茶の税金」にこだわったのですか?
A2:税収の多寡ではなく、「本国議会が植民地に課税する主権を持っていること」を象徴として誇示するためでした。印紙法などの反対運動に押されて大半の関税を撤廃した本国議会でしたが、主権の放棄とみなされることを恐れ、茶に対する少額の税(1ポンドあたり3ペンス)だけは意図的に残しました。この「象徴的な課税権」への固執こそが、植民地側の原理原則の火に油を注ぐ結果となりました。
Q3:事件の舞台となったボストン港の現場は、現在どうなっていますか?
A3:現在のボストン市内のコングレス・ストリート・ブリッジ付近には「ボストン茶会事件船・博物館(Boston Tea Party Ships & Museum)」が整備されています。当時の帆船が精密に復元されており、来場者が模造品の茶箱を海へ投げ入れる体験ができるなど、アメリカ建国の原点を体感できる屈指の歴史的観光名所として保存されています。