2018年2月、伝統芸能界を揺るがす大きな出来事がありました。尾上右近が歌舞伎座の舞台において、清元節宗家の重要名跡である「七代目清元栄寿太夫(きよもと えいじゅだゆう)」を襲名したことです。同時に兄の昂洋も「初代清元斎寿」を名乗り、兄弟揃っての大襲名披露が行われました。
清元栄寿太夫という名跡は、清元節宗家において家元である「延寿太夫」の前名にあたる、極めて重い格式を持つ太夫の名です。通常、歌舞伎俳優が本業の合間に邦楽の看板を名義として預かることはあっても、本気で太夫として舞台に立ち、語り手として演奏を担うことは過去に例がありませんでした。
この異例の決断に至った清元栄寿太夫の襲名経緯について、右近本人は自著やインタビューで次のように心情を明かしています。「幼い頃から歌舞伎役者になりたいという夢を追いかけてきたが、清元の家に生まれた責任と愛着も決して捨てられなかった」。七歳で歌舞伎の世界に飛び込んだ右近に対し、父である延寿太夫は無理に宗家を継がせようとはせず、息子の情熱を尊重し見守り続けました。
しかし成人を迎えるにつれ、右近の中に「両方を命がけでやり抜くことこそが、自分がこの家に生まれた使命ではないか」という覚悟が芽生えます。周囲の重鎮たちからは「どちらも中途半端になる」「歌舞伎役者が浄瑠璃の席に座るなど前例がない」と猛反発の声も上がりました。しかし、徹底した稽古によって太夫としての力量を証明し、師匠筋や関係者を納得させて実現させたのが現在の二刀流です。
右近が舞台上で見せる浄瑠璃の語りは、役者の内面を知り尽くしているからこその感情表現と、天賦の美声が融合した独自の境地を拓いています。単なる話題作りにとどまらないその実力は、邦楽界の厳しい批評家たちからも高い評価を獲得しています。