緒形拳の映画人生を語る上で欠かせないのが、鬼才・今村昌平監督との運命的な出会いです。今村監督のリアリズムを徹底追求する演出は苛烈を極め、現場では俳優に肉体的・精神的な極限状態を要求することで有名でした。
1979年の『復讐するは我にあり』において、緒形は実在の連続殺人犯・榎津巌を演じました。当時の撮影記録や回想手記によると、今村監督はテストなしのぶっつけ本番を敢行し、緒形自身も役に入り込むあまり私生活でも目つきが変わり、家族すら近づけない異様なオーラを放っていたといいます。善悪の彼岸を超えた人間の業を剥き出しにするその演技は、国内外の映画批評家を驚嘆させました。
続く1983年の『楢山節考』では、極寒の長野県小谷村での過酷な長期ロケに臨みました。老いた母を背負って雪山を登る名シーンでは、過度な感傷を排除した本物の肉体労働者としての息遣いを見事に具現化。結果としてカンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを受賞し、日本の土俗性と人間の根源的な愛憎を世界最高峰の舞台で結実させました。妥協を許さない監督と、それに応え切った俳優の魂のぶつかり合いが、不朽の名作を生み出したのです。