書道展や公募展に並ぶ篆刻作品を見渡したとき、印影(紙に押された文字)が見事であるにもかかわらず、どこか物足りなさを感じさせる印章と、展示台の上で圧倒的な気品を放つ印章が存在します。その違いを生み出す最大の要因こそが、印鈕の造形密度と全体のプロポーションです。
篆刻の起源をたどると、印鈕は古代中国において実用的な目的から誕生しました。印鑑を腰帯に結びつけて携帯するため、印頂に穴を穿ち、組紐を通す「実用のつまみ」として考案された歴史があります。漢代には身分や官職を示す階級の象徴(金印に刻まれた蛇鈕や亀鈕など)へと発展し、明・清代に至って文人たちが自ら石を刻む文化が花開くと、文房清玩(ぶんぼうせいがん=机上の鑑賞美術品)としての芸術的純度を一気に高めていきました。
持ち手デザインが作品の魅力を一変させる背景には、人間工学的な実用性と視覚的・触覚的快感が密接に絡み合っています。東京・銀座の老舗画廊で個展を開く現代篆刻家は、自著の手記のなかで次のように語っています。
「印章は目で見る絵画であると同時に、掌で包み込む彫刻です。指の腹が印鈕の柔らかな曲線に吸い付くように収まったとき、押印時のブレは完全に消え去り、印面に均等な圧力が伝わる。優れた持ち手は、押印という行為そのものを芸術的儀礼へと昇華させるのです」
印面という四角い小宇宙に対し、頭部にどのようなボリュームと陰影を配置するかによって、印章全体の「重心」と「風格」が根本から変化します。素っ気ない直方体のままでは単なる事務道具に見えかねない印石が、丁寧な鈕彫りを施されることで、掌の中で愛でるべき唯一無二の美術工芸品へと変貌を遂げます。