この戦いが始まる直前、壊滅の危機を察知して必死に回避を試みた2人の若者がいました。長州五傑(長州ファイブ)としてイギリスへ密航留学していた伊藤博文(当時は俊輔)と井上馨(当時は聞多)です。
ロンドンで西洋文明の圧倒的な工業力と軍事力を目の当たりにしていた2人は、長州藩が四国連合艦隊と戦えば藩が消滅しかねないという危機感を抱き、留学生活を途中で切り上げて1864年に急遽帰国しました。2人はイギリス公使オールコックらと面会し、藩主・毛利敬親に対して武力衝突を避けるよう必死に説得を試みます。
しかし、藩内では攘夷派の強硬論が依然として大勢を占めており、開戦を思いとどまらせることはできませんでした。和平交渉は実を結ばず、開戦の火蓋が切られることとなったのです。