プロのボーカリストや熟練のトレーナーは、歌声を聴くだけでその人物がどのような喉の使い方をしているかを瞬時に見抜きます。歌唱力の高い人物の体内では、極めて合理的かつ緻密な物理現象が起きています。
まず挙げられるのが、歌が上手い人の声の出し方における「共鳴腔の活用」です。声帯そのものが発する原音は、実はブザーのような極めて小さなペラペラとした音に過ぎません。その原音が咽頭腔(喉の奥)、口腔(口の中)、鼻腔(鼻の奥)という空洞で反響することで、豊かで太い倍音を含んだ歌声へと増幅されます。歌が上手い人は、軟口蓋(口の奥の柔らかい天井部分)を引き上げ、喉の奥にピンポン玉が1個入るようなスペースを自然にキープできます。これにより、叫ばずとも部屋の隅々まで通る響きを獲得できるのです。
もう一つの決定打が、歌が上手い人の骨格や耳の良さです。ここでいう「耳の良さ」とは、絶対音感の有無ではありません。自分が発したピッチが伴奏のコードやベース音に対して数ミリ単位(セント単位)で合致しているかを、リアルタイムにモニタリングして瞬時に微調整できる「相対的ピッチ知覚力」を指します。歌が苦手な人は、自分の出している声の音程を正確に聴き取れていないか、聴き取れていても脳から声帯へ修正命令を出す筋肉のコントロールが追いついていません。歌唱力の土台は、喉そのものよりも「聴覚神経と発声筋の連携スピード」にあると言っても過言ではありません。