神社に格付けが存在すること自体、現代ではあまり意識されません。しかし古代から近世に至る日本社会では、神々にも朝廷から明確な「神階」というランクが叙位されていました。神階制度は六国史の時代に整備され、もっとも下位の「従八位下」から順を追って昇叙し、最高峰に君臨するのが正一位(しょういちい)です。
全国の稲荷神社の総本社である京都の伏見稲荷大社(主祭神:宇迦之御魂神/うかのみたまのかみ)が神階を授けられた発端は、平安初期の天長4年(827年)に遡ります。当時の淳和天皇が病に倒れた際、占筮(せんぜい)によって「東寺の五重塔を建立するために稲荷山の樹木を伐採した祟りである」と判断されました。朝廷は直ちに社参して神を鎮撫し、従五位下を授与。これが記録に残る稲荷神社への叙位の端緒です。
その後、承平・天慶の乱(935〜941年)において平将門や藤原純友の反乱が勃発した際、国家安泰の祈願が行われ、乱の鎮圧に霊験があったとして天慶5年(942年)、朱雀天皇によって伏見稲荷大社に最高位である正一位が授けられました。農耕神・穀物神として信仰されていた宇迦之御魂神が、国家の危難を救う守護神として朝廷から最上級の信任を得た瞬間でした。