「知音(ちいん)」という言葉は、現在でも「互いに心の奥底まで深く理解し合っている親友」を指す言葉として使われています。その由来となったのが、古代中国の思想書『列子(れっし)』湯問篇や『呂氏春秋(りょししゅんじゅう)』本味篇、そして初学者向けの歴史読本『十八史略(じゅうはっしりゃく)』に収められた伯牙と鍾子期の逸話です。
物語の主人公である伯牙(はくが)は、当時天下に並ぶ者がいないと称えられた琴の名手でした。一方の鍾子期(読み方:しょうしき)は、一説には樵(きこり)であったとも伝えられる並外れた鑑賞眼(聴覚)の持ち主です。
伯牙が心の中で高くそびえる山を思い浮かべながら琴を奏でると、鍾子期は即座に「素晴らしい、まるで泰山のように高くそびえ立っている」と感嘆しました。また、伯牙が滔々と流れる大河を思い浮かべて演奏すれば、鍾子期は「素晴らしい、まるで長江や黄河のように広大に流れている」と、その情景を完璧に言い当てたのです。
言葉による説明を一切介さず、「音の調べ」だけで互いの胸の内を完全に共有できたことから、音を知る者=「知音」という言葉が生まれました。