竹中半兵衛の死因とは?36歳の天才軍師を襲った病魔と陣中の最期

竹中半兵衛の死因とは?36歳の天才軍師を襲った病魔と陣中の最期

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通説において、竹中半兵衛の死因として最も有力視されている病名は「肺結核(はいけっかく)」です。戦国時代から近世にかけては「労咳(ろうがい)」や「肺病」と呼ばれ、一度かかれば有効な治療法がなく、徐々に体力を奪われて死に至る不治の病として恐れられていました。

半兵衛は若い頃から身体が頑健ではなく、痩身で色白、女性と見間違うほどの美男子であったと伝えられています。播磨攻め(中国攻め)に従軍していた頃には、度重なる激しい咳や微熱、全身の倦怠感、さらには喀血(血を吐くこと)に悩まされていた記録が残っています。これらの症状は現代医学における進行期肺結核の典型的な特徴と完全に一致します。

一部の歴史研究者の間では「悪性腫瘍(胃がんなど)」「過労による急性肺炎」といった説も提唱されていますが、当時の陣中日記や書状に見られる衰弱の経過、長期間にわたる胸の不調の描写から、肺結核を主因とする多臓器不全または呼吸不全であったと考えるのが最も自然です。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。