ブルシットジョブという概念は、2013年にロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の教授であった文化人類学者デヴィッド・グレーバーが発表した1本のエッセイから始まりました。その後、世界中から寄せられた数百件に及ぶ当事者の手記や証言を分析し、2018年に上梓された決定版の学術書『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』(日本語版は2026年刊行)によって世界的な社会現象へと発展しました。
グレーバーによるブルシットジョブの厳密な定義は、「被雇用者本人ですら、その存在を正当化し得ないほど、完全に無意味で不要、あるいは有害である有給の雇用形態であり、被雇用者は『そうではない』と周囲に取り繕わなければならない義務を負っていると感じているもの」とされています。ここで決定的に重要なのは、「客観的に見て無駄かどうか」ではなく、「その仕事をしている当事者自身が、無意味であると心の底で確信している点」です。
20世紀の経済学者ジョン・メイナード・ケインズは、テクノロジーの進歩によって生産性が向上すれば、20世紀末には人々の労働時間は「週15時間」になると予測していました。しかし現実に起きたのは、テクノロジーが人間を労働から解放することではなく、自動化によって余剰となった時間を埋めるための「無意味な管理業務や書類仕事の際限のない増殖」でした。利益と効率を最優先するはずの市場経済において、なぜこのような無駄なポストが維持され続けるのか――この近代資本主義最大のパラドックスにメスを入れた点が、グレーバーの分析の白眉です。