日影茶屋の歴史は、江戸時代中期に旅人が足を休める峠の茶屋として始まったと伝えられています。明治期には伊藤博文をはじめとする政界要人や文豪たちが逗留し、保養地・葉山の社交場としての地位を確立しました。
近代史の中で語り継がれるのが、1916年(大正5年)に起きた「日影茶屋事件」です。無政府主義運動の旗手であった大杉栄が、女性解放運動家の神近市子によって本館内で刃傷に遭ったこの事件は、当時の社会情勢や愛憎劇とともに一大センセーションを巻き起こしました。自著や当時の新聞報道にも詳細が記録されており、自由恋愛と社会主義思想が激しく交錯した大正浪漫の影の一面として、現在も近代史ファンから注目されるエピソードです。
激動の時代を経てなお、建物は幾多の改修を重ねながら守り継がれ、歴史的重厚感を今に伝えています。中庭の鹿威しが響く静寂の中を歩くだけで、数々の文人墨客が過ごした息吹を肌で感じ取ることができます。