壇ノ浦で沈んだ三種の神器の行方とは?草薙剣の真相と現在の所在

壇ノ浦で沈んだ三種の神器の行方とは?草薙剣の真相と現在の所在

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平家が三種の神器を奉持して都落ちしたのは寿永2年(1183年)のことでした。木曾義仲の入京に伴い、後白河法皇が脱出する一方で、平家は幼き安徳天皇と八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣を連れて西国へと逃れました。平家にとって神器の保持は自らの正統性を主張する最大の防壁であり、源氏側に対する最強の政治的カードでもありました。

しかし、一ノ谷・屋島で敗北を重ねた平家は、ついに壇ノ浦の狭い海峡で追い詰められます。『平家物語』や鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』によると、敗勢を悟った二位の尼は「波の底にも都の候ふぞ」と言い聞かせ、宝剣(草薙剣)を腰に差し、神璽(八尺瓊勾玉)を抱え、安徳天皇と共に波間に消えました。同時に八咫鏡の入った唐櫃も海中へ投じられ、皇室史上前代未聞の「神器水没」という事態が発生したのです。

伊藤 翔太
著者

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。