Q1:凌遅刑の最中に罪人が気絶したり死亡したりした場合はどうなったのですか?
A1:処刑の目的は「生きた状態で苦痛を与え続けること」にあったため、罪人がショック死しないよう細心の注意が払われました。気を失った場合は冷水を浴びせたり、気付け薬やアヘンを用いて意識を回復させました。万が一、規定回数に達する前に死亡した場合は刑吏が減俸や杖刑などの処罰を受ける規定が存在したため、処刑人は解剖学的な急所を巧みに避けて刃を入れました。
Q2:日本にも凌遅刑のような身体を削ぎ落とす処刑法は存在したのですか?
A2:日本において「肉を生きたまま細かく削ぎ落とす」という法制化された刑罰は存在しませんでした。日本の歴史上最も重い処刑法としては「鋸挽き(のこぎりびき)」や「牛裂き」「釜茹で」などがありましたが、これらも江戸時代には形式化(実際にノコギリで挽かせるのではなく引き回しと晒しがメイン)され、最終的には磔(はりつけ)や斬首が主流でした。凌遅刑のような体系的・儀式的な肉体削ぎ落としは、中国固有の法文化と言えます。
Q3:女性に対して凌遅刑が執行された実例はあるのでしょうか?
A3:実例は複数存在します。夫を毒殺した罪や、国家反逆を企てた反乱軍の首謀者などに対して執行されました。清朝末期の「太平天国の乱」において指導層にいた女性たちや、夫を殺害した廉で1904年に処刑された王維勤(おういきん)の事件などが記録や写真として残されており、性別に関わらず重罪人には等しく適用されました。