クエが「幻の魚」と呼ばれる所以は、その絶対的な漁獲量の少なさにあります。夜行性で海底の岩穴に単独で潜み、網漁では獲れにくいため、熟練の漁師による一本釣りや延縄漁が主流となります。その希少性ゆえ、市場価格は水産物の中でも最高峰に位置づけられています。
天然クエの卸売相場は、通常期でも1kgあたり15,000円から25,000円前後、需要が沸騰する11月から年末年始にかけてはキロ35,000円を超えることも日常茶飯事です。20kgを超える大型の個体ともなれば、1匹で市場価格数十万円から百万円近くの値がつくことも珍しくありません。都内や博多の一流割烹で天然クエ鍋のコースを頼めば、1人前3万円から5万円の予算設定が相場となっています。
標準和名のアラもまた深海延縄漁でごく僅かしか水揚げされない高級魚であり、キロ単価は8,000円〜18,000円前後と高値で推移しています。しかし、クエの突出したブランドバリューと熱狂的な鍋需要に比べると、知名度の差から一段落ち着いた価格帯に収まるのが一般的です。
こうしたクエの異常な高価格は、過去に飲食業界で「代用魚による産地・魚種偽装疑惑」を幾度となく引き起こしてきました。2000年代から2010年代にかけて、悪質な飲食店や通販業者が、安価な深海魚「アブラボウズ」や淡水魚の「オオニベ」、東南アジアから輸入されたハタ類を「クエ」と偽って格安で提供し、消費者庁から景品表示法違反(優良誤認)の措置命令を受ける事案が全国で相次ぎました。
一般の消費者が切り身や鍋セットで購入する際、偽装や質の悪い代用品を見破るための基準は3点あります。
第一に、「皮下のゼラチン層の厚みと弾力」です。本物のクエは、皮と身の間に数ミリに達する強固なゼラチン質の層が存在します。指で押すと跳ね返るような弾力があり、加熱するとプルプルとした半透明のコラーゲンに変化します。代用魚のアブラボウズは全身に脂が回っているものの、この特有の噛みごたえあるゼラチン層が薄く、身質全体が水っぽく崩れやすい特徴があります。
第二に、「骨の断面と硬さ」です。クエの骨は動物の骨のように極めて太く硬質で、包丁の刃が立たないほどです。切り落としのアラを見た際、骨が細いものや柔らかいものは別種の魚である可能性を疑う必要があります。
第三に、「価格の異常な安さ」です。現在でも通信販売などで「天然クエ鍋セット 1kg 4,980円」といった破格の商品が見受けられますが、天然クエの原価構造から考えてこの価格設定は物理的に不可能です。このような商品は、部位のほとんどが身のないアラかすであるか、別種の輸入ハタ(チャイロマルハタ等)が混入しているリスクが高いため、購入時には原材料欄の標準和名表記を必ず精査しなければなりません。