麻原彰晃の妻である松本知子(旧姓:石井知子)の経歴を振り返ると、彼女が単なる「教祖の妻」にとどまらず、教団運営の中枢にいた事実が浮かび上がります。
二人の出会いは、大学受験予備校の代々木ゼミナールでした。1978年に結婚後、千葉県船橋市で鍼灸院や漢方薬局を開業し、やがてヨガ道場からオウム真理教へと発展していく過程を創業期から支え続けました。教団が拡大するにつれ、彼女には釈迦の妻の名に由来する「ヤソードハラー」というホーリーネームが与えられ、教団内最高位である「正大師」に任命されます。
教団内での役割は多岐にわたり、財務管理や人事、さらには出家信者の生活規律の統制まで強大な権力を振るいました。麻原の絶対的な権威を最も身近で支え、信者たちからは畏怖される事実上の教団ナンバー2として君臨していたのです。