日本陸軍軍人の知られざる実像|階級の闇と名将評価・軍歴調査の今

日本陸軍軍人の知られざる実像|階級の闇と名将評価・軍歴調査の今

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近代日本の国防を担った大日本帝国陸軍は、表向きは「天皇の軍隊」として国民皆兵の平等を謳っていました。しかしその内情は、徹底した階級闘争と身分制度の縮図そのものでした。軍隊組織における大日本帝国陸軍階級制度の真相を紐解くと、将校(士官)、下士官、兵卒という三つの階層の間には、日常の食事から居住区、言葉遣いに至るまで隔絶した処遇差が設けられていたことが分かります。

特に、幹部養成機関である陸軍士官学校出身者の経歴を持つエリート層と、徴兵令によって農村や町工場から動員された一般兵卒との間には、終生埋まらない格差が存在しました。陸士を卒業した青年将校は見習士官を経て直ちに少尉へ任官し、20代半ばで数十名から数百名の部下の命を預かる立場となります。一方で、一般兵がどれほど戦場で武功を立て、古参兵として生き残ったとしても、昇進できるのは准士官(准尉)や曹長止まりであり、正規の将校として作戦立案の中枢に関わる道は事実上閉ざされていました。

戦時中の家族写真や遺品を整理する際、最も重要な手掛かりとなるのが大日本帝国陸軍軍服と階級章の見分け方です。陸軍の階級章は、昭和13年(1938年)に制定された「九八式軍衣」以降、主に襟章(えりしょう)によって判別されます。地の色は兵科を示す兵科色(赤=歩兵、黄=砲兵、緑=騎兵など)から後にカーキ色の統一型へと移行しましたが、階級そのものは星の数と金線の有無で厳格に区分されていました。

将官は全面金色に銀色の星(大将が3個、中将が2個、少将が1個)、佐官は赤地に金線2本と星、尉官は赤地に金線1本と星、そして下士官・兵は赤地に金線なしで星の数(上等兵が3個、一等兵が2個、二等兵が1個)で示されます。兵士たちにとって、襟元に輝く星の数と金線の有無は、理不尽な鉄拳制裁が日常茶飯事であった兵舎生活において、絶対的な権力構造の象徴に他ならなかったのです。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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