結婚から約16年間、香川家は芸能界きってのおしどり夫婦として知られ、2004年には長男の政明(現在の五代目市川團子)、その後には長女となる妹が誕生しました。しかし、平穏だった一家の運命は2011年9月、香川照之の歌舞伎界電撃進出の発表によって大きく狂い始めます。
香川は46歳にして「九代目市川中車」を襲名し、当時7歳だった長男・政明も「五代目市川團子」として初舞台を踏むことが決定しました。歌舞伎界において、幼少期からの厳しい稽古を経て芸を継承するのが不文律とされるなか、不惑を過ぎた俳優の参入は前代未聞の異例事態でした。報道関係者や梨園関係者の証言によると、この決断は香川の実父である二代目市川猿翁(三代目市川猿之助)への強い執着と「澤瀉屋の血を息子に継がせたい」という香川自身の一念によるものであり、妻である知子さんへの事前の十分な相談や合意形成がなされた上での選択ではなかったとされています。
現代劇俳優の妻から、突如として伝統芸能の頂点に君臨する「梨園の妻」への転身を強いられた知子さんの負担は想像を絶するものでした。歌舞伎の妻には、単なる家事や育児にとどまらず、以下のような過酷な義務と作法が日常的に要求されます。
- 初日や千秋楽における劇場ロビーでの贔屓筋(後援会)への丁寧な挨拶回り
- 代々伝わる季節ごとの贈り物や礼状の毛筆執筆、複雑な人間関係の把握
- 楽屋における名題役者や諸先輩方の妻たちへの細やかな気配りと序列厳守
- 長男・團子の歌舞伎稽古や舞台通いの徹底したスケジュール管理と送迎
さらに知子さんを追い詰めたのが、病に倒れていた義父・二代目市川猿翁との同居生活と介護問題でした。かつて香川を捨てた父との劇的な和解を果たした香川は、自邸に猿翁を迎え入れましたが、その介護や精神的なケアの実務を背負ったのは知子さんでした。梨園のしきたりに馴染みのない一般家庭出身者に対する周囲からの冷ややかな視線やプレッシャーも重なり、知子さんの心身は限界に達していきました。夫婦間の対話は次第に断絶し、2014年頃からは別居状態に突入。約2年間に及ぶ代理人を通じた協議の末、2016年12月に21年間の婚姻関係に終止符が打たれました。