冷静に産業構造を紐解けば、トイレットペーパーの主原料は「木材パルプ」や「古紙」であり、原油そのものではありません。しかし当時は、「石油が出ない=石油製品が作れない=トイレットペーパーも石油から作られている」という初歩的な連想の誤認が一般市民の間に急速に広まりました。
製紙工場のボイラーを動かす重油や、製品を運ぶトラックのガソリン、商品を包むポリエチレン包装材には原油が関わっています。しかし、製品自体の生産が即座にゼロになるわけではありませんでした。通商産業省や日本家庭紙工業会の当時の公式記録を照合しても、1973年10月から11月にかけてのトイレットペーパー国内総生産量は、前年同月と比べても落ち込んでおらず、むしろ工場は増産体制を敷いていたのです。
それにもかかわらず店頭が空になった理由は、需要の急激な偏向でした。通常の家庭が月に消費するトイレットペーパーは数ロール程度ですが、パニックに駆られた数百万人規模の世帯が同時に「数カ月分」をまとめ買いしたため、工場の在庫やトラックの積載キャパシティをはるかに超えてしまいました。さらに、トイレットペーパーが店頭から消えると、今度は「次は洗剤が消える」「砂糖や塩も配給制になる」といった噂が次々に派生し、日用品全般の買い占め連鎖へと発展していきました。実態のない「不足」が、人々の恐怖心によって現実の品切れを作り出す「予言の自己成就」が完全に成立した瞬間でした。