柳田理科雄というインパクト抜群の名前について、「科学ライターとしてのペンネームではないか」と疑う声は昔から絶えません。しかし、「柳田理科雄」は紛れもない本名です。
鹿児島県種子島(南種子町)に生まれた柳田氏。名付け親である父親が「これからは科学と理科の時代が来る。理科の雄(すぐれた人物)になってほしい」という強い願いを込めて命名したと、自著のエッセイなどで明かされています。幼少期は名前に気恥ずかしさを覚えた時期もあったそうですが、結果として唯一無二の職業アイデンティティを体現する名となりました。
その学歴と初期キャリアもまた、波瀾万丈のドラマに満ちています。
地元屈指の進学校である鹿児島県立鶴丸高等学校を卒業後、東京大学理科一類に見事合格。しかし、学生時代に自身の進路や学問への向き合い方に悩み、最終的には東京大学中退という道を選択します。
大学中退後、柳田氏は自ら学習塾を立ち上げて塾長に就任。独自のアプローチで生徒を指導していましたが、経営難に直面して塾は倒産。数千万円規模の借金を背負うという人生最大の挫折を味わいます。この絶望的な経済的苦境の中で、「何か自分にしか書けない画期的な本を作って借金を返さなければならない」という切迫した動機から企画されたのが、1996年に宝島社から出版された初代『空想科学読本』でした。