残虐極まりない強盗事件を指揮した指示役ルフィの正体とは、いかなる人物だったのか。渡辺優樹の生い立ちと渡辺優樹の経歴と過去を紐解くと、地方の平穏な環境から大都市の歓楽街、そして裏社会へと急激に傾斜していった足跡が浮かび上がります。
渡辺被告は北海道東部の別海町で生まれ育ちました。広大な牧草地が広がる酪農の町で、少年時代の渡辺被告は真面目に剣道へ打ち込み、周囲からも「快活で礼儀正しい少年」として記憶されていました。地元の中学・高校を卒業した後は札幌市内の大学へ進学するものの、ほどなくして中退。ここから彼の人生の軌道は大きく変わり始めます。
足を踏み入れたのは、北日本最大の歓楽街である札幌・ススキノでした。ホストクラブの従業員や飲食店経営、客引きなどの裏方ビジネスに携わる中で、渡辺被告は夜の街の金銭感覚に急速に染まっていきます。当時の同僚や知人の証言によれば、「金回りは派手で人当たりが良い反面、金銭への執着と勝気な一面が強かった」と振り返られています。このススキノ時代に、後にフィリピンで合流する今村磨人被告らと親交を深めると同時に、指定暴力団関係者との接点を持つようになったとされています。
国内での飲食事業が立ち行かなくなると、渡辺被告はより効率的で莫大な利益を生む特殊詐欺ビジネスへと傾斜。2010年代半ば以降、警視庁や各県警の摘発を逃れるために生活拠点を東南アジア・タイやフィリピンへと移管し、現地の拠点を統括する幹部へと急速にのし上がっていきました。