押切もえが芸能活動の第一歩を踏み出したのは、1990年代後半の渋谷カルチャーが最も過熱していた時代でした。世間一般に定着している清楚で上品なイメージとは裏腹に、彼女の初期キャリアは当時のトレンドの最先端をひた走る「正真正銘のコギャル」です。
業界関係者の証言や当時の誌面記録によると、デビューのきっかけは高校1年生の夏、彼女が日常的に通っていた地元・千葉県内の日焼けサロンでのスカウトでした。肌を限界まで黒く焼き、金髪に近いハイトーンヘアに極細眉、白リップとボリューム満点のつけまつげという、当時の典型的なガングロスタイルに身を包んだ押切もえは、瞬く間に伝説的ギャル雑誌『Popteen』や『egg』の看板読者モデルへと登りつめます。
当時の渋谷センター街を拠点にしたエピソードは鮮烈そのものです。街を歩けば同世代の女子高生から握手を求められ、アルバイト先の日焼けサロンでさらに肌を焼き込み、夜通し渋谷のファーストフード店で仲間と語り合う日々を送っていました。当時の写真に残る鋭い眼光と野生味あふれる笑顔は、現在の端正なルックスとは対極に位置するインパクトを放っています。しかし、この奔放なギャル時代こそが、カメラの前で自己を表現する度胸と、群衆の中で埋もれない圧倒的な自己演出力を培う土台となったことは間違いありません。