なぜ日本において、これほどまでに「ホットケーキ」という呼称が根付いたのでしょうか。そこには海外のパンケーキ文化と歴史、そして日本独自の受容プロセスが深く関わっています。
そもそもパンケーキ(Pancake)の「パン(Pan)」とは、食べるパン(Bread)ではなく、フライパンなどの「底の平たい浅鍋」を意味します。その歴史は古代ギリシャや古代ローマにまで遡り、穀物の粉に水や乳を混ぜて平鍋で焼いた素朴な料理が原点とされています。中世ヨーロッパでは、四旬節の断食に入る前の「告解の火曜日(Pancake Tuesday)」に、家に残った卵や牛乳、バターを使い切るためにパンケーキを焼いて食べる伝統が生まれ、現代でもイギリスや英連邦諸国にその風習が色濃く残っています。
一方、日本におけるホットケーキ和製英語の経緯は明治時代に始まります。1884年(明治17年)、洋料理の指南書に「薄餅(うすもち)」という名で紹介されたのが記録上の初出です。その後、大正12年(1923年)、東京・日本橋のデパート食堂に「ハットケーキ(温かいケーキ)」として登場し、昭和初期にかけて「熱いケーキ=ホットケーキ」というストレートで親しみやすい呼称へと転じて定着しました。
アメリカでも稀に「Hotcake」や「Flapjack」と呼ばれることがありますが、日常会話やメニュー表記の標準語は圧倒的に「Pancake」です。戦後の日本において、高度経済成長期に製菓メーカーが「家庭で簡単に焼ける温かい洋菓子」として「ホットケーキミックス」を一斉にプロモーションした結果、日本ではホットケーキがおやつの代名詞として強固な文化的地位を築くことになったのです。