SNSやネット掲示板を検索すると、「評論家は無責任」「怪しい肩書ばかり」といった厳しい評判が散見されます。なぜこれほどまでに評論家という存在に対する不信感が生まれるのでしょうか。
社会学およびメディア心理学の観点から分析すると、そこには3つの構造的な要因が存在します。
1. 責任を取らない「後出しジャンケン」構造
評論家は政策決定者でも企業経営者でもありません。自らが意思決定のリスクや資本の損失を背負うことなく、結果が出た後に論評を加える立ち位置にあるため、受け手側には「安全圏から好き勝手を言っている」と映りやすくなります。この構造的不均衡が、感情的な反発を生む最大の土壌となっています。
2. メディアが求める「過激な二項対立」の演出
報道番組やWebメディアの現場取材において、ある民放キー局のチーフプロデューサーは手記の中で次のように明かしています。
「放送尺が限られるニュースの現場では、ニュアンスに富んだ慎重な分析よりも、30秒で白黒をつける歯切れの良い断定が重宝されてしまう。その結果、過激なポジショントークを辞さない論客ばかりが画面に残り、まっとうな専門家が敬遠される悪循環が起きる」
視聴率やPVを稼ぐためのメディア側の要請に応えようとするあまり、極端な論陣を張る評論家が目立ち、業界全体の評判を落とす結果につながっています。
3. 権威バイアスを悪用したセルフブランディングの氾濫
心理学で知られる「権威バイアス(Authority Bias)」――肩書があるだけで発言内容を無批判に信じてしまう心理傾向――を利用し、実態の乏しい「自称評論家」が情報商材や偏った投資商品を推奨するトラブルが後を絶ちません。公的資格がない制度上の隙間を突いた悪質な事例が、誠実に活動する批評家全体のイメージを毀損しています。